IID世田谷ものづくり学校(旧池尻中学校跡地をクリエーターのワーキングスペースやパブリックスペースとして開放し、ワークショップやイベントを実施)で行われるIID Winter Fest.2012 の見学とそこでイベント開催しているクリエーター達のために焼肉を無料提供する新規開発商品の無煙ロースターの販路開拓を考案するためIID世田谷ものづくり学校に行ってきました。東京から新潟への引越し直後のこともあり、朝起きてバタバタで新幹線に乗り東京へ。世田谷ものづくり学校に到着し、ワークショップ(内容は、ともかく)開催している若きクリエーターを見ていると元気がでますね。新潟でも学校の統廃合が続いていますが、圧倒的に若者の数が少ないため同じパターンの学校は無理・・・地方は、年代層(60歳以上!?)を替えての立上かなぁ~などと考えながら見学。次は無煙ロースターの実演に。無煙ロースターを見ながら説明を聞いていると、どうしても飲食店などへの展開がピントこない・・・無煙、消臭は焼肉の匂いを消すほど優れているのに・・・この商品の技術は消臭の困難な場所への展開が良いのでは!?。不特定多数の人が出入りし、消臭に困っている電車、駅、サービスエリアなどのトイレ・喫煙所などへの展開が良いのかもと話をして若きクリエーター達とお酒と焼肉をいただき見学終了。無煙ロースターについての販路開拓につていは、また、ご報告しまーす。
Duckとお引越し
2012年12月20日(木)
早起きは三文の徳!?
今日は、早起きをして7時ちょっと前に第46回衆院選の投票所がある小学校へ行ってきました。なぜ、そんなに早く投票所へ行くかと言うと投票所へ一番乗りすると投票箱が空かどうかの確認ができるからなのです。折角の投票ですから、そう言う経験もプラスαと思い投票所へ行ったのですが、着くと既に一人待っている状況。しまった・・・投票箱が空かどうかの確認が出来ないかも!!でも確認は二人でと言うことで、住所、氏名を名乗り、投票会場へ。小選挙区と比例代表、 東京都知事選、最高裁判所の裁判官10人に対する国民審査の4つの投票箱を空を確認してから投票。中々、良い経験をさせて頂きました。今回の選挙投票は、全国4万9214カ所の投票所で行われています。ということは、全国4万9214カ所の投票所で、この儀式?が行われています。次回の選挙は是非あなたも挑戦してみては・・・
街の明かりがとても綺麗ね・・・
親友と水道橋で飲む待ち合わせ時間にちょっと早かったので、東京ドームシティーに立ち寄り120万球のLEDで彩る冬のイルミネーションを見てきました。ハートパワーオブジェ・光の大トンネルなど色とりどりのイルミネーションに囲まれた雰囲気は昼間と違った楽しみがありますね。今年のイルミネーションのテーマは”LOVE”とのこと。デートにぴったりかも・・・イルミネーション見学の後は、親友と居酒屋でビールをがぶ飲み。綺麗なイルミネーションと居酒屋のギャップが凄い!!やっばり綺麗なイルミネーションにはシャンパンが似合いますね。
第一回 佐久間二郎 能の会
平成19度年NHK大河ドラマ「風林火山」に織田信長役として主演した佐久間二郎さんの能の会を国立能楽堂(東京・千駄ヶ谷)に見に行って来ました。国立能楽堂に入るのも能を鑑賞するのも初めての経験。入口で公演チラシをもらい番組を確認。素謡「神歌」翁:観世喜之・千歳:佐久間二郎 仕舞「高砂」観世喜正・「屋島」五木田三郎・「井筒」永島忠侈 狂言「蝸牛」野村萬斎 仕舞「弱法師」観世喜之 能「邯鄲(KANTAN)」シテ:佐久間二郎。番組の公演内容を読んで待っているといよいよ開演。公演内容を読んでおいて良かった・・・能は「百聞は一見に如かず」では無く、内容を読んでおかないと全く内容が解らない状況になります。特に言葉が難しい。しかし能に触れたことのない自分でも能を鑑賞していると不思議なものです。能の良さ、面白さを少し解った様な気がしました。これを機にチョット能鑑賞の事前学習でもして再度、能に触れてみようかな・・・!?
東北沢ありがとうまつり
2012年11月25日(日)
今年も餅つきのお手伝いで「東北沢ありがとうまつり」に行ってきました。東北沢の北沢公園で10時から開催され「あんころもち・芋煮」が無料配布。ゲーム・フリーマーケットなども行われています。今回は、晴天に恵まれ昨年よりも人出が多い感じでした。餅つきは、一年に一回このイベントの時しか行わないので最初は、変なところに力が入り腕が痛い。明日がやばいかも・・・思いながらもコツをつかみ慣れてきたころには、餅つきも終盤を迎え終了。その後、芋煮とビールをいただき、本日の自分へのご褒美にと知人のフリーマーケットで帽子とマフラーを購入。こう言う町内のまつりに参加して、いつも思うことなのですが、イベントの運営者の世代交代遅れている気がします。もっと若い人が人との関わりをもつ楽しみを持って頂きたいものです。
今年も餅つきのお手伝いで「東北沢ありがとうまつり」に行ってきました。東北沢の北沢公園で10時から開催され「あんころもち・芋煮」が無料配布。ゲーム・フリーマーケットなども行われています。今回は、晴天に恵まれ昨年よりも人出が多い感じでした。餅つきは、一年に一回このイベントの時しか行わないので最初は、変なところに力が入り腕が痛い。明日がやばいかも・・・思いながらもコツをつかみ慣れてきたころには、餅つきも終盤を迎え終了。その後、芋煮とビールをいただき、本日の自分へのご褒美にと知人のフリーマーケットで帽子とマフラーを購入。こう言う町内のまつりに参加して、いつも思うことなのですが、イベントの運営者の世代交代遅れている気がします。もっと若い人が人との関わりをもつ楽しみを持って頂きたいものです。
伊藤数子さんの出版を祝う会
2012年11月20日(火)
恵比寿のMLB cafe TOKYO 2F アクトスクエアで開催された「伊藤数子さんの出版を祝う会」に出席してきました。伊藤数子さんは障碍者スポーツに関わり、その現場をとても大事にし、見聞き感じてきたことを、このたび本にまとめ「ようこそ、障碍者スポーツへ」を出版したそうです。伊藤数子さんとは2009年8月29日(土)東京ミッドタウンで開催されたNPO STANDの主催する障害者スポーツSmail Sports Auctionに参加が、今回の出席の縁となったわけですが、今回もそう思いましたが日本は、まだまだ障碍者スポーツへの意識が薄いですね。欧米の資産家は、収入の10%は必ず寄付をするという習慣があるそうです。自分が稼いだお金の一部をどのように社会に還元するということを真剣に考える。日本人も浄財するという考え方が必要ですね。
Michael Jackson 北沢八幡宮 Beat It(第二回)
2012年11月17日(土)
リュウト号(Honda VFR1200)で愛宕神社へ
2012年11月03日(土)
朝起きて愛宕神社近くで停められるリュウト号の駐車場を検索して、今日は、東京23区で高い山にあるパワースポットとして知られる愛宕神社へ。駐車場は愛宕神社のすぐそばにあり、リュウト号を停めて愛宕山へ登り始めて…あらら?愛宕神社へは、出世の階段を登って行くはずなのに階段が無い??。疑問に思いながら坂道を登っていくと愛宕神社に到着。どうやら間違って裏側から登って来たらしい。せっかく来たのに出世の階段を登らないのはと思い。一旦、愛宕山を降りて、再度、出世の階段を登り愛宕神社を参拝。200mほどの山だから出来るけど、これが高い山なら大変。無事参拝を済まし、社務所に寄ると可愛い猫がお出迎えしてくれました。一度登り、また降りて、再度登る。さすが出世の階段!!登るだけでは出世は出来ませんね。と考えながら帰宅途中でリュウト号を洗車場で洗車をして帰宅。
十三夜の集いin北沢八幡宮
十三夜のお月見会に参加してきました。参加するのに、お歌を「4首」考える来ることとの課題があり、何とか絞り出して参加。まずは十三夜会の祝詞(のりと)をあげていただき、直会(なおらい)に。直会の時に神職様、参加者の考えてきた、お歌披露や笙(鳳笙)、篳篥(ひちりき)の演奏もあり、楽しい十三夜のお月見会となりました。
折角、考えた句なので一句披露!!
「薄絹を 着た月歌う 十三夜」
おじさんツアー秘湯「赤湯温泉」その2
2012年10月21日(日)
日が明けるとともに起床して露天風呂「薬師湯」「玉子湯」に入り、風呂上りにビールをグビッ!!なんとも幸せ・・・とっ思っていたら、そういえば帰りも2時間のトレッキングがあるのだった。朝食を食べて赤湯林道のゲートまで出発。今日も天気に恵まれ暑く汗だくになりながら歩いて帰り2時間でマイクロバスに到着。帰りは越後湯沢の「しんばし」に立ち寄り「へぎそば」を昼食に選択。(へぎそばとは、「ふのり」という海草をつなぎに使ったそば。越後地方で”へぎ”と呼ばれる杉の器に入って出されることから、こう呼ばれています。)美味しく頂きましたが、越後湯沢で、いつも「へきぞば」は「しんばし」ばかりでは・・・と思い越後湯沢駅西口すぐの福寿庵に寄り、また「へぎそば」を注文。「しんばし」は蕎麦粉100%近い味で「福寿庵」は、つなぎが良く喉越しが良い感じ。どちらも食べる価値ありです。その後「へきそば」でお腹いっぱいになって帰宅。越後湯沢に行った際は、是非、「へきそば」の食べ比べをしてみては・・・
日が明けるとともに起床して露天風呂「薬師湯」「玉子湯」に入り、風呂上りにビールをグビッ!!なんとも幸せ・・・とっ思っていたら、そういえば帰りも2時間のトレッキングがあるのだった。朝食を食べて赤湯林道のゲートまで出発。今日も天気に恵まれ暑く汗だくになりながら歩いて帰り2時間でマイクロバスに到着。帰りは越後湯沢の「しんばし」に立ち寄り「へぎそば」を昼食に選択。(へぎそばとは、「ふのり」という海草をつなぎに使ったそば。越後地方で”へぎ”と呼ばれる杉の器に入って出されることから、こう呼ばれています。)美味しく頂きましたが、越後湯沢で、いつも「へきぞば」は「しんばし」ばかりでは・・・と思い越後湯沢駅西口すぐの福寿庵に寄り、また「へぎそば」を注文。「しんばし」は蕎麦粉100%近い味で「福寿庵」は、つなぎが良く喉越しが良い感じ。どちらも食べる価値ありです。その後「へきそば」でお腹いっぱいになって帰宅。越後湯沢に行った際は、是非、「へきそば」の食べ比べをしてみては・・・
おじさんツアー秘湯「赤湯温泉」
2012年10月20日(土)
毎年恒例のおじさんツアー(秘湯の湯ツアー)で新潟県湯沢町の苗場山中にある秘湯、赤湯温泉 山口館へ行ってきました。レンタカーでマイクロバスを借りて出発。今回は2時間のトレッキング付きと言うこともあり、参加人数も少なめの11人で出発。関越道月夜野ICから赤湯林道のゲートまで行くと、なんと土砂崩のため通行止め!!マイクロバスの置き場も無く困ったことに・・・そこで土砂崩れの復旧作業員の方と交渉し作業車の駐車場に停めてもらうことに。お礼に缶ビールを差し上げて赤湯林道のゲートから赤湯の紅葉の盛りの中、天気に恵まれ山でも暑く汗だくになりながら歩いて行き2時間の道のり。赤湯までの道は鷹ノ巣峠という結構険しい峠越えで清津川の渓流まで下りると赤湯温泉です。生半可な気持ちでは、越えられないですね。おじさん達も到着時にはヘトヘト。到着後、赤湯温泉の「薬師湯」「玉子湯」「青湯」3ヶ所の露天風呂でトレッキング疲れ癒し、夜には露天風呂からの満点の星空を楽しみ、民宿ではランプの中、お酒を酌み交わし語り、すばらしい秘湯の旅となりました。
毎年恒例のおじさんツアー(秘湯の湯ツアー)で新潟県湯沢町の苗場山中にある秘湯、赤湯温泉 山口館へ行ってきました。レンタカーでマイクロバスを借りて出発。今回は2時間のトレッキング付きと言うこともあり、参加人数も少なめの11人で出発。関越道月夜野ICから赤湯林道のゲートまで行くと、なんと土砂崩のため通行止め!!マイクロバスの置き場も無く困ったことに・・・そこで土砂崩れの復旧作業員の方と交渉し作業車の駐車場に停めてもらうことに。お礼に缶ビールを差し上げて赤湯林道のゲートから赤湯の紅葉の盛りの中、天気に恵まれ山でも暑く汗だくになりながら歩いて行き2時間の道のり。赤湯までの道は鷹ノ巣峠という結構険しい峠越えで清津川の渓流まで下りると赤湯温泉です。生半可な気持ちでは、越えられないですね。おじさん達も到着時にはヘトヘト。到着後、赤湯温泉の「薬師湯」「玉子湯」「青湯」3ヶ所の露天風呂でトレッキング疲れ癒し、夜には露天風呂からの満点の星空を楽しみ、民宿ではランプの中、お酒を酌み交わし語り、すばらしい秘湯の旅となりました。
Michael Jackson 北沢八幡宮 Beat It
2012年10月13日(土)
突如、人通りの多い広場に流れ始める『今夜はビート・イット』。もちろん通行人は何も知らない。なんだなんだ?と誰もが思った矢先、広場中央で一人の男性ダンサーが踊り始めたのだ。そのわずか5秒後、2人目の女性ダンサーがダンスに加わり、3人目、4人目……最終的には300人以上が今夜はビート・イット』を踊りきる。そんな動画が話題になっていますが、それを目指しダンスの先生を招き北沢八幡宮でMichael Jackson「Beat It」の踊りを練習するハッピーハロウィン北沢八幡宮が開催されました。残念ながら「Beat It」の踊りの練習には仕事で参加出来なかったのですが、その後の懇親会には参加。懇親会で小さなダンサーより「Beat It」の踊りの手解きを受けました。なかなか難しい!!ハッピーハロウィン北沢八幡宮の第二段も計画中とのこと。次は踊れるようになるか??
突如、人通りの多い広場に流れ始める『今夜はビート・イット』。もちろん通行人は何も知らない。なんだなんだ?と誰もが思った矢先、広場中央で一人の男性ダンサーが踊り始めたのだ。そのわずか5秒後、2人目の女性ダンサーがダンスに加わり、3人目、4人目……最終的には300人以上が今夜はビート・イット』を踊りきる。そんな動画が話題になっていますが、それを目指しダンスの先生を招き北沢八幡宮でMichael Jackson「Beat It」の踊りを練習するハッピーハロウィン北沢八幡宮が開催されました。残念ながら「Beat It」の踊りの練習には仕事で参加出来なかったのですが、その後の懇親会には参加。懇親会で小さなダンサーより「Beat It」の踊りの手解きを受けました。なかなか難しい!!ハッピーハロウィン北沢八幡宮の第二段も計画中とのこと。次は踊れるようになるか??
リュウト号(Honda VFR1200)で日本民家園に行ってきました。
2012年10月08日(月)体育の日
平成24年度産「下町リュウトのコシヒカリ」出来ました !!
2012年10月01日(月)知人の農家と提携して作り始めた3年目の米は、一段とおいしい絶品に。今年も「下町リュウトのコシヒカリ」が出来上がりました。「下町リュウトのコシヒカリ」は、新潟でも有数の酒蔵のある新発田市で栽培されています。酒の仕込み水にも使われる湧水がそそぐ地域で作り手の分かる安心安全なお米です。今年のコシヒカリは、ごはんの「つぶ」が白く、つやがあり、形が良く、かむとちょうどよい粘りがあり、かすかな甘みと香りがある美味しいお米に出来上がりました。今年も昨年同様に限定販売しまーす。精米、無洗米は、ご注文をいただいてから精米して出荷します。玄米も、ご注文をお待ちしております。さめても美味しく、こはんだけで満ち足りる「下町リュウトのコシヒカリ」是非ご賞味あれ !!
「第21回 世界平和を祈るつどい」
2012年09月29日(土)
「平和宣言」
世界のすべての人々が、民族の違いや、宗教・宗派の違いをこえて、互いに手をつなぎ、心を合わせて、緑豊かな地球の上に、争いや戦争の無い平和な世界が実現しますように。また、互いに愛し合い、尊敬し合って、わたしたちの地域社会にも、愛と平和と豊かさが実現しますように。
「白米千枚田の稲刈り」に行ってきました!?
2012年09月22日(土)秋分の日
ファンファンの「五十日祭」
早朝3時に帰省先の新潟をリュウト号(Honda VFR1200)で出発して6時過ぎに帰宅。帰宅して直ぐにファンファンの「五十日祭」(仏教の四十九日にあたるもので霊祭のかたちで、神職を招いて仏教で言う「忌明け」の儀式)のお手伝いのため東北沢へ。祭壇を組み立て神職を招き、友人知人たちと一緒に供物を供えたり、玉 串奉奠をしたりしました。直会(なおらい)では、ファンファンの思い出話などとともに不昧流(ふまいりゅう)(茶道)の先生の詩「毛並よきスコティッシュフォールド眠りゐて あるじは静かにお茶点てたまふ 桃香」が披露されるなど、大変素晴らしい「五十日祭」となりました。ファンファンも今頃は「耳の先に触れることなしに頭上に手を乗せることのできる唯一の猫」の祖先達と楽しく遊んでいることでしょう。
健康診断の再検査
先般、受診した健康診断の再検査に行ってきました。毎回、健康診断の受診病院と同じ病院ばかりも何なので、違う病院へ。朝一番の7時45分に受付して耳鼻咽喉科、眼科の受診で既に昼過ぎ。腹も減ったので昼食に。大学併設の病院ということもあり、せっかくなので学食を探しランチをいただきました。安くて味は・・・その後、整形外科を受診してもう16時。薬局によって帰宅。時間がかかるのは覚悟していましたが、これほどとは…来週、まだ内科の受診も残ってるのに…しかし今回の健康診断は、引っかかるね~!!歳には勝てぬ・・・!?
リュウト号(Honda VFR1200)に高級松茸!?
2012年8月21日(火)
先日、購入したナビ(Trywin DNT-5500)がブレーキをかけるとナビがリセットされるので、リュウト号(Honda VFR1200)の配線不具合だと思い診療してもらいにホンダードリーム大田さんに行ってきました。修理にちょっと時間がかかると言うことなので、ついでにオイル交換とモトテクニック製フレームスライダー(高級松茸)、レディーバード製アクスルスライダーを取り付けを依頼して代車(Dio110)を借りて帰宅。翌日、ホンダードリーム大田さんから電話があり、配線の不具合は治ったのですが、モトテクニック製フレームスライダー(高級松茸)は、ヨーロッパ仕様のHonda VFR1200用でリュウト号は、日本人のためクランクケースのカバーを取り外さないと装着できないとの連絡。仕方がないのでクランクケースのカバーを取り外して装着してもらいました。1本1万円以上する高級松茸なのに改造しないと装着できないとは・・・モトテクニックさん日本も考慮して制作してくださいね!!「喫茶店たきざわ」で。
2012年08月14日(火)
お墓参り。
2012年08月13日(月)
リュウト号(Honda VFR1200)へのお盆小遣い。
2012年08月12日(日)
新潟まつり。
今年の新潟まつりは、03日(金)大民謡流し、04日(土)住吉行列・水上みこし渡御などが行われ、今日、05日(日)は、花火大会・住吉行列などがあります。朝起きて父のお墓にお参りして、折角、新潟まつりの開催されている時に帰省しているので祭り気分を味わおうと思い、新潟総鎮守白山神社に行くと住吉行列の一部がちょうど出発するところでした。住吉行列は、古式ゆかしい衣装を身にまとい、1キロにも及ぶ行列で市内を練り歩きながら、見る人に祭の伝統を伝える行列です。昔、衣装を身にまとい行列に参加したことを思いだしました。年々、新潟まつりも見学者が少なくなっているように思えます。新潟まつりは地方都市で行われる祭りとしては大規模なもので、花火大会の規模も大きいのですが、全国的な知名度は低い。新潟出身の人、祭りには地元に帰省して盛り上げましょう!!それが地域活性化の第一歩かも・・・
父の一周忌です。
叔父の四十九日法要
最近、叔父、伯母、伯父(伯は自分の父母から見て兄(姉)、叔は弟(妹)に用います)の旅立ちが続き法要が続いてます。今日は叔父(父の弟)の四十九日法要です。亡くなった人の霊は、命日から四十九日間はこの世とあの世をさまよっていると言われています。この期間は、死から新しい生へと生まれ変わる準備をしていて、その間に遺族が丁寧に冥福をお祈りすることによって、亡くなった人は、初めて無事に極楽浄土に送り届けられるそうです。亡くなった人の命日を基準として七日ごとに行う「中陰法要」(満中陰)の最後の大切な法要が四十九日です。曹洞宗吉塚山 大仙寺様の本堂での読経のあと、一同で焼香、その後、父の眠るお墓に読経とともに納骨。この49日間、冥福をお祈りすることで残された遺族の別れの悲しみが少し癒され、そして落ち着いて亡くなった人の死と向き合える時を迎えたようなそんな気がしました。
パン工房「Dream House」を見てきました。
2012年07月28日(土)
ファンファンが旅立ちました。
2012年7月23日(月)
ききょうの花言葉「変わらぬ愛」
2012年7月21日(土)
今日は、香勝寺に着いてから、いつもは余り寄ってこないお寺の愛猫が今日は、たびたび寄り添って来ます。なんだか不思議・・・!?
葬儀です。
葬儀場で葬儀と会葬者が頻繁に集えないことから本来7日後に行なう初七日法要を引き続いて行ないました。斎場で火葬・拾骨、御斎を頂き伯母の家で還骨勤行を行い法要は終了しました。亡くなった伯父の長男は独身で離れて暮らしていたと言うこともあり、葬儀、お寺様などどうするのだろうと思っていましたが、読経は鹿苑山香勝寺の方丈様(伯父の弟)に行っていただき、伯父の長女の旦那さんをはじめ家族が協力しあって素晴らしい法要となりました。最近「絆」という語が良く使われるようになりましたが、まさに「絆」で良い法要になったと言いたいところですが、本来「絆」原義は「動物をしばる綱」「束縛するもの」という言葉です。今回の法要は「しばられた、束縛された」ものでは無く、人と人のつながりによって素晴らしい法要になったものだと思います。最近、若年層の夫婦が「親戚づきあいをしなければならないのか?」などと言っていることを耳にすることがあります。しなければならないのかでは無く、この人とは、どうつながって、関係をどう変えていけば素晴らしい暮らしとなるのか。そんな考えが新しい暮らしへの道となるのではないでしょうか・・・
お通夜
2012年07月13日(金)
伯父のお通夜に向かうためリュウト号(Honda VFR1200)で待ち合わせの横浜の従兄の家に。到着してすぐに昨年9月に亡くなった伯母の仏壇に手を合わせ伯父の訃報の報告(すでに伯父と話をしていると思いますが・・・)とお願いをして従兄の車に乗り換え出発。葬儀場に着き伯父の顔を見ると少し微笑んだような安らかで顔で眠っていました。旅立ちの様子は聞いていなかったのですが、その顔を見て安らかに旅立って行ったんだろうと思いました。お通夜の時、高校生の頃、伯父と二人で横浜で一緒に過ごし色々お世話になったことを思い出しました。旅立ちは悲しいことです。でも旅立ってからでは何もできません。お通夜でお経を聞きながら急に涙があふれ止まらないのは若い時お世話になりながら生前なにもしなかった自分の不義理のせいですね・・・何もできない今は、ただ心安らかにその冥福を祈るばかりです。伯父が旅立ってしまいました。
仕事をしていると従兄から携帯電話に伯父が旅立ったとの連絡が・・・先月、父の兄弟を見送りしたばかりなのに・・・今度は母の兄弟のまさかの旅立ちの連絡。お通夜、葬儀などの日程を確認し、お通夜に連絡を貰った従兄と一緒に車で向かうことを約束して電話を切りました。伯父は、長期療養していたのですが、父の兄弟を見送りの後、母が顔を見に行き変わったことは何も言ってなかったので、まさかこんなに急に旅立つとは・・・
東京下町散策
毎年7月6日から8日までの3日間開催される朝顔市に行ってきました。入谷鬼子母神を中心として言問通りに120軒の朝顔業者と100軒の露店(縁日)が並んでいて、凄い人出で賑わっていました。一通り見学して(やっぱり朝顔は鉢植えじゃなく種からでしょ!!などと思いながら)入谷鬼子母神を参拝。その後、かっぱ橋道具街を見学して帰宅しようと思っていたら、ちょうど浅草六区の西から道具街を横切り、上野にかけて約1.2km続く「かっぱ橋本通り」で地元商店街主催の七夕祭りが催されていました。地元商店の出店、音楽や踊り、様々なパフォーマーが集まり、長い通り全体が手作り感のある活気で満たされている中を浅草方面に歩き、いつの間にか浅草寺に到着。浅草寺参拝後、境内を見ると7月の9日10日に行われる「ほおずき市」のほおずきの露店を準備していました。「ほおずき市」も見たいなぁ・・・!!。平日なのでちょっと無理か・・・!!。東京下町散策も浅草寺参拝で締めくくり帰宅の途中、お腹もすいたので赤羽で下車。鯉とうなぎのまるます家総本店に寄ってビールをグビッ。美味い!!。今日の東京下町散策は充実しておりました。
民話の語りの集い
2012年07月07日(土)
日本中を民話行脚されている福島県伊達市の横山幸子さんの語りを聞くため、あどかたりの会主催の民話の語りの集いに高田馬場に行ってきました。横山幸子さんの語りを聞くのは、今回で3回目となります。会場に入り、あどがたりの会の皆さんの民話の語りきつねの恩返しなど全9話を聞き、(9話とも良かったのですが「いっときのそばの花」「地獄問答」は、その中でも特に感動しました)その後に横山幸子さんの民話を聞くことに。聞くたびに思うのですが横山さんのお話は、ほのぼのと語る中に、笑いと、残酷だけど事実をしっかり把握しなければならないことを聞く人に考えさせる、そんな力のあるお話だなぁ~と思います。民話の語りの集いの後、あどがたりの会さんの計らいで近くの居酒屋で打ち上げ。七夕の日に楽しいひと時を過ごしました。民話を語ってくださった皆さんは、高齢の方も多いのですが、矍鑠とした動きで、温和な独特の訛りのしゃべりによる語り、皆さんすばらしいものでした。民話の語りの集いも21回目とのことですが、今後も、現代に忘れていたもの「懺悔、祈りなど」を思い出させる、そんな力のある民話を是非、語り継いでいってくださいね!!
日本中を民話行脚されている福島県伊達市の横山幸子さんの語りを聞くため、あどかたりの会主催の民話の語りの集いに高田馬場に行ってきました。横山幸子さんの語りを聞くのは、今回で3回目となります。会場に入り、あどがたりの会の皆さんの民話の語りきつねの恩返しなど全9話を聞き、(9話とも良かったのですが「いっときのそばの花」「地獄問答」は、その中でも特に感動しました)その後に横山幸子さんの民話を聞くことに。聞くたびに思うのですが横山さんのお話は、ほのぼのと語る中に、笑いと、残酷だけど事実をしっかり把握しなければならないことを聞く人に考えさせる、そんな力のあるお話だなぁ~と思います。民話の語りの集いの後、あどがたりの会さんの計らいで近くの居酒屋で打ち上げ。七夕の日に楽しいひと時を過ごしました。民話を語ってくださった皆さんは、高齢の方も多いのですが、矍鑠とした動きで、温和な独特の訛りのしゃべりによる語り、皆さんすばらしいものでした。民話の語りの集いも21回目とのことですが、今後も、現代に忘れていたもの「懺悔、祈りなど」を思い出させる、そんな力のある民話を是非、語り継いでいってくださいね!!
疲れ気味の時のハンヤンの「蔘鷄湯(サムゲタン)」
最近、疲れが取れず背中がボキボキと鳴るような状態。こんな時はハンヤンの「蔘鷄湯(サムゲタン)」でも食べて元気を出すかと思い、ランチを食べに新大久保駅へ。駅に着くと待ち合わせの人で大混雑。まだまだ韓流ブームですね。13時過ぎにハンヤンに着くと入替りで並ぶことなくすぐに座ることが出来ました。席に座りランチメニューの参鶏湯780円をオーダー。まず皿数は少ないけど一皿のボリュームが凄いバンチャンが3皿(キムチ・カクテキ・豆腐)出てきて、変わった味のお茶(トウモロコシのお茶?)を飲みながら、絶妙な味のバンチャンを味わい参鶏湯を待っていると780円とは信じられない本気の参鶏湯登場。待ってました!!高麗人参やニンニク、栗などが入っていてとってもヘルシーで、しかも味も絶品。疲れた体にも優しく効きそう。ボリュームたっぷりなので完食が厳しそうなほどの量ですが、ほぐした鶏肉に塩コショウを少量つけて食べると味が変わり最後まで飽きずに美味しく頂けます。ちょっと元気が出ました来てよかった!!
北沢八幡宮の夏越の祓(なごしのはらえ)に行ってきました。
昨年に引き続き北沢八幡宮の夏越の祓(なごしのはらえ)に行ってきました。大祓(おおはらえ)は、年に二度(12月31日と6月30日)おこなわれ、六月の大祓を夏越(なごし)の祓と呼びます。人形(ひとがた・人の形に切った白紙)を用いて、身についた半年間の穢れを祓い、大祓詞(おほはらへのことば)を唱え、常に清らかな気持ちで日々の生活にいそしむよう、自らの心身の穢れ、そのほか、災厄の原因となる諸々の罪・過ちを祓い清めることが目的とのことです。この行事は、記紀神話に見られる伊弉諾尊(いざなぎのみこと)の禊祓(みそぎはらひ)を起源とし、宮中においても、古くから大祓がおこなわれてきたそうです。3.11東日本大震災以降、絆など人との関わりなどが考え直されている中で、それだけでなく我々日本人の伝統的な考え方に基づき、災厄の原因となる諸々の罪・過ちを祓い清める意味があり、その年々の節目におこなわれる大祓は、私たちにとって、罪や穢れを祓うとともに、自らを振り返るための機会としても、必要なことではないでしょうか。是非、参加してみてください。
葬儀と告別式
2012年6月15日(金)葬儀場で葬儀と告別式、斎場で火葬・拾骨を行い、会葬者が頻繁に集えないことから本来7日後に行なう初七日法要を引き続いて行ないました。そんな中、故人を偲ぶ話で叔父は、入院直前に会社へ出社する時に叔母に「くさや」(開いた新鮮な魚をくさや汁浸け込み天日に干したもの)が好きかと尋ねて出かけたとのことです。叔父は、仕事後の会食場所の店に入るとすぐ女将に「くさや」をお土産に頼んだとのことでした。既にその時点では叔父は、自分が口にすることが出来るのは、ほんの一口(少量)となっていたとのことです。「くさや」を手土産に帰宅後、(長年連れ添った叔母に対して一度も手土産など持って帰ってきたことなどなかったそうです。)叔父は叔母に手土産を渡し「「くさや」を好きな女は良い女だ」といったそうです。それを聞いて、それは叔父の叔母に対する「いままでありがとう」の気持ちの表れのように思いました。自分の思うように生き、叔母の愛情に支えられてきた叔父が、叔母に対しての最後の感謝言葉、行動ではなかったかと思えます。人生八十年と言われる現代において、六十五年と言う期間を太く短く生き、最後にそうした気持ち(行動)を残せたのですから、叔父も自分の人生に満足をして旅立って行ったことと思います。であるならば、いまは、心安らかにその冥福を祈るばかりです。
お通夜
2012年6月14日(木)
叔父の自宅からの出棺を手伝い葬儀場へ。お通夜の受付係を頼まれて受付に立っていると凄い人数の弔問客が…。現役と言うこともあり会社関連の人々が何百人も弔問に訪れました(叔父の人脈の凄さに驚き)。弔問客は焼香をすませるとお通夜振る舞いの席へ。会社関連の人はあまりお通夜振る舞いの席に残らないと聞いていたのですが、それでもお通夜振る舞いの席は満員状態。想定外の人数の出席となったお通夜振る舞いの席も最後に親戚・会社のお手伝いいただいた人達に振る舞い、一通り終わり。弔問客でいっぱいだった葬儀場から人がいなくなり故人は一人ぼっちに・・・夜、葬儀場に一人ぼっちは可愛そうとビールを注ぎタバコを線香にして故人の思い出に浸りながらご冥福を朝まで祈りました。悲しすぎます・・・叔父が旅立ちました。
2012年06月10日(日)
仕事をしていると携帯電話に叔父が旅立ったとの連絡が…先日、お見舞いに行った時は、しっかり話をしていたので、まだ大丈夫だと思ったのに…とりあえず直ぐ帰宅し、リュウト号で叔父の藤沢市の家に向かいました。到着すると叔父白い布団に包まれ寝ていました。お参りの後、叔母に先日の見舞い後の様子を聞くと、見舞い後は、ずーっと寝たままで、そのまま安らかに旅立っていったそうです。その話を聞いたとき、叔父は自分が仕事を紹介した甥に最後に伝えたいことがあったのだと思いました。田舎から裸一貫で就職し、大企業の支社長、関連会社の社長となり、ある意味で会社員としての最高位を極めた叔父。その苦労は計り知れないものだったと思います。最後にいままでの仕事のノウハウを少しでも甥の仕事に生かしてやりたい。そんな気持ちだったのではないのでしょうか…仕事一筋で生きてきた叔父の現役での闘病生活。病気と闘うだけでも大変なのに…最後まで会社の心配、そして甥の仕事、結婚の心配までしているなんて…凄過ぎます。「ありがとうございました」叔父のお見舞いで…
2012年06月09日(土)
叔父のお見舞いに藤沢市に行ってきました。新潟から来る母を東京駅まで息子の運転する車で迎えに行き、叔父の入院する藤沢市の病院へ。病院でお見舞いの受付を済ませ(今時の病院は面会時間の制限が厳しく面会時間以外は病室に入れません)病室に入ると叔父が以前に会った時とは全く違う痩せ細った姿で寝ていました。しばらく叔母に最近の様子と容態を聞いていると叔父が目を覚まし、挨拶を交わすと息子に仕事関連の注意事項、ノウハウなど(息子は叔父の関連会社に就職)を一通り話し、話の最後には独身の息子の嫁を心配していました。約一時間くらい話すと叔父は疲れたらしく寝てしまいました。叔母の看病疲れを少しでも軽減しようと母が病院に残り、また近々来ることを伝え病院を後に。叔父は痩せたものの話はしっかりとしていて、まだ大丈夫と息子と話ながら帰宅。看病疲れで叔母が倒れなければよいのですが…
叔父のお見舞いに藤沢市に行ってきました。新潟から来る母を東京駅まで息子の運転する車で迎えに行き、叔父の入院する藤沢市の病院へ。病院でお見舞いの受付を済ませ(今時の病院は面会時間の制限が厳しく面会時間以外は病室に入れません)病室に入ると叔父が以前に会った時とは全く違う痩せ細った姿で寝ていました。しばらく叔母に最近の様子と容態を聞いていると叔父が目を覚まし、挨拶を交わすと息子に仕事関連の注意事項、ノウハウなど(息子は叔父の関連会社に就職)を一通り話し、話の最後には独身の息子の嫁を心配していました。約一時間くらい話すと叔父は疲れたらしく寝てしまいました。叔母の看病疲れを少しでも軽減しようと母が病院に残り、また近々来ることを伝え病院を後に。叔父は痩せたものの話はしっかりとしていて、まだ大丈夫と息子と話ながら帰宅。看病疲れで叔母が倒れなければよいのですが…パン工房「Dream House」7月上旬OPEN
昨日、「喫茶店たきざわ」にランチに伺った際、マスター(親友)がリュウトの甥が今度、新潟市西区小針2丁目に新規OPENさせる店舗パン工房「Dream House」の工事状況が見たいとのことで、東京へ帰宅する前にマスターと工事中の店舗へ行ってきました。まだ店舗は内装工事中で完成まで、まだちょっとかかりそうな状況でしたが、なんとか07月02日(月)にOPEN出来るよう急ピッチで工事を進めるとのことでした。名古屋の大手自動車メーカーを辞めパン工房での修行。結婚、離婚。今度は自分のパン工房の開店と若くして波乱万丈な甥ですが、自らの目標を諦めず頑張って欲しいものです。諦めなければ絶対に夢に一歩ずつ近づくのですから・・・OPENの様子は7月上旬に報告しまーす。
ランチは300km先の「喫茶店たきざわ」で
2012年06月02日(土)
韓国家庭料理専門店ハンヤンの「蔘鷄湯(サムゲタン)」
昨日、曹洞宗鹿宛山「香勝寺」でアジアの話をしてたこともあり、帰宅するとハンヤンの「蔘鷄湯(サムゲタン)」がが食べたいと思い、ランチを食べに新大久保駅へ。駅に着くと観光客で大混雑。まだまだ韓流ブームは続いているんだなぁ~って感じです。お店に着くと12時過ぎということもあり多数のお客さんがいましたが、入替りで何とか並ぶことなく座ることが出来ました。まず変わった味のお茶(トウモロコシ?)を飲み、ランチメニューの参鶏湯780円をオーダー。バンチャンが3皿(キムチ・カクテキ・豆腐)。皿数は少ないけど一皿のボリュームが凄い。しかもキムチ、カクテキは絶妙の味です。バンチャンを味わいながら参鶏湯を待っていると780円とは信じられない本気の参鶏湯登場。ボリュームたっぷりで高麗人参やニンニク、栗などが入っていてとってもヘルシー。しかも味も良い。ほぐした鶏肉に塩コショウを少量つけて食べると絶品です。メニューを見るとボリュームがあるので何品ものオーダーは無理。そこで次回は、何人かで何種類かオーダーしてシェアしていただく計画をしまーす。絶品の韓国家庭料理を食べてみたい人はご連絡を・・・
「子供2人じゃ肩身が狭い?」遠州森町「香勝寺」
早朝、リュウト号(Honda VFR1200)で開通したばかりの新東名(舗装が良く快適です!!)に乗り森掛川ICで降り5分程で曹洞宗鹿宛山「香勝寺」www.kikyoudera.comに到着。ここは遠州森町日本三大ききょう寺と呼ばれ“ききょう”の花言葉「変わらぬ愛」にちなんで、園内の観音さまが「恋愛成就観音」と呼ばれているお寺です。今年のききょう園の開園は6月9日(土)予定とのことですが、ちょっと覗かせて頂くと「五月雨」は蕾ができ始めたところでした。お昼過ぎになると1992年バルセロナ五輪女子マラソン銀メダルを獲得し「始めて自分で自分を褒めたいと思います」の名言を残した有森裕子さんが参拝に。ビックリ!!。お寺様の娘さんのお子さん3人が遊びに来ていたので直接、有森裕子さんから長距離、短距離の走り方をご教授頂きました。中々出来ない経験にお子さん3人のアスリートスイッチが入ったかも・・・その夜、皆で話をしているとお寺様の娘さんが遠州森町では夫婦に子供が3人4人は当たり前、「子供2人では肩身が狭い」との話が・・・日本が少子化対策で困っている中で??。遠州森町ではお寺を中心とした昔ながらのコミュニティーあり、人々が関わり安心して子育て出来る環境があるのでは・・・?。だから参拝に来られた有森裕子さんが子供たちに走り方を教授するなんて事も起きるのかも・・・?。なんて思いました。皆さん是非“ききょう”を見に「香勝寺」に行って見て下さい。そこには美しい“ききょう”と日本の未来が明るくなる少子化対策の答えがあるかも・・・
「勤勉実直」な昭和10年代に生まれ
知人の淑女(敬虔なクリスチャン)の住んでいるマンションの卒業式(お引越しお別れ会)に出席してきました。今回は、吟遊詩人、神職さま夫婦、お寺さまの娘などのメンバーに加え淑女の会社時代の同僚も参加しての盛大な宴となったのですが、淑女の会社時代の同僚(昭和10年代生まれ)のパワー(弁が立ち、お酒も強い)に圧倒され若者?もタジタジ・・・でした。昭和10年代の世代は、幼少期を戦中・戦後の混乱期に過ごしているため、たとえ子どもであってもわがままなど許されない時代であったと思えます。買いたいと思っても何もないという生活の中で生活を豊かにするために頭と手を使って欲しい物を作り出し、自らの工夫によって解決することを続けてきたことが、このパワーに繋がっているのでは・・・?なんて考えながら話を聞いていました。長い間、会社中心の生活を過ごしてきた人は、定年を迎えると家庭内に居場所を求めるようになり。一方家庭を中心に暮らしてきた人は、第2の青春を謳歌しようと友達と食事や旅行にでる人が多いように思います。こうした違いにおける意識のズレが揉め事を起こすこともあるようですが、双方の方とも趣味や遊びを探し、積極的にネットワークを広げ「薔薇色の老後」を楽しむ様に老後は努力していきたいものです。パワー飲まれお酒に飲まれ今夜はお泊り・・・ご迷惑をお掛けしました<m(__)m>
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